さそり庵



料理の基本は火力也

料理の基本は火力也

まさかのガダミリ注意報。



 マウラ-皇都間の機船航路が開通して、暫く。
 ガダラル主従が競売に現れても――そして、彼らの買い物袋の中身が、今晩ないし翌朝五蛇将の口に入る食材であることを知っても、最早面食らう傭兵はいない。
 非常識と理解不能に対してこうまで寛容な人種というのも、この中つ国からやってきた公認自由業者をおいてはそうそうお目にかかれないだろう。さる皇国関係者が彼らの一人に「どんな理不尽と係わってきたのか」と問うたところ、「あんたらが一番濃い」なる答えが返ってきた。意味不明。
 そんな問答を知って知らずか、ガダラルはこの日も常と変わらず、競売の食材とにらめっこしていた。ここを利用し始めた頃は身分を隠すべく一旦兵舎の自室に戻って“変装”してから出直していたのだが、バレるので最近では直行している。仕事着のアミール装束の方が、この場にはかえってよく馴染んだ。
(…?)
 ふと、ガダラルは視線を逸らす。
 それと気取られぬように、意識の先は少し離れて最前列に佇むミスラへ。
 あれは――
(ミリ…?)
 水蛇将ミリ・アリアポー。ガダラルと違い、中つ国で流行している縦縞鎧にトンガリ帽という冒険者ルックに身を包んでいた。サイズが大きく顔が隠れるので、変装としては及第点か。
(何してやがる)
 怪訝に思うこちらには気づかず、ミリはほうっと溜め息をつくと、人混みを掻き分けその場を後にする。
(あいつ…?)
 直前まで彼女が見ていたらしい陳列棚をちらとだけ見上げ――
 何をするでもなく、ガダラルは意識を正面のミスラントマトに戻した。
 その時はまだ、それだけのことだった。

 ぱん!
『ごちそうさまでした!』
 一堂に会した五蛇将が行儀良く唱和する様は、それだけで威圧的な何かを含有する。
 それと自覚しているか否か、専用食堂に集った彼らはどこのご家庭にも見られるような庶民的な話題を繰り広げている。
「…でさあ、そのミリィって子がお昼作ってきてくれたんだ」
「ミリィがミリにか。ガハハハハハ!!」
「うっさいおっちゃん!あ、何ガダその態度ちゃんと聞いてよね!?」
「所詮合成品。邪道だ」
「嫌だわガダラル。あれだって心が籠もってないと美味しく出来ないらしいわよ」
「つーか合成じゃなかったもんねー。でさ、ちゃんとお礼言いたいんだけど、ボクが傭兵キライって知ってるからあっさり帰っちゃうんだよねあの子。変に大人だとこっちが困っちゃうよ…」
「子どもを自覚したな」
「っさいってーの!!」
 ガタンと席を立つミリを無視して、ガダラルはひとつ指を鳴らした。
「…デザートだ」
「待ってましたぁ!」
 一瞬にして機嫌を直し――
 運ばれてきたそのスィーツに、目を丸くする水蛇将。
 ブラックプリン。
「そんなもんに見とれて溜め息つくから、いつまでもガキだと言っている」
「見てたの…!?」
 そう。
 数時間前、競売所で見上げていた高級菓子を目の前に出されて、ミリは息を呑んでいるらしかった。
「ガハハハハ!!良かったじゃねーかミリ!ガダラル兄ちゃんが作ってくれたぞ!」
「嫌だわガダラル。いつの間に隠密視察だなんて器用なスキル身につけたのかしら」
「こんな短時間で出来るものなのか?もしやクリスタ……」
 余計なことを言う風・天両将を、思い切りガン垂れて黙らせて――
 ふと、気づく。
 ミリが着席していない。
「……どうした?」
「いらない」
「な」
「いらない!」
 わめくように吐き捨てて。
 きびすを返し、退室しようとするミリの背中をガダラルは辛うじて声だけで追った。
「お、おいミリ!」
「食べたくないっ!」
 バタン。
 乱暴に、扉を閉める音。
 後にはただ、目を白黒とさせる四将と、ひとつ数の多いスィーツだけが残された――

 寝床に入っても、ガダラルは不機嫌だった。
 ミリが食べなかったことにではない。“食べさせられなかった”自分に対して不機嫌だった。
「ちっくしょう…!」
 流麗な茶髪をバリバリと掻きむしる。
 水蛇将が料理にイチャモンをつけるのは、決して珍しいことではない。好みじゃない、美味しくない、食べたくない――彼女の性格を考えれば、“そう簡単には心服しない”そぶりを見せるのは当たり前だし、ガダラルもそれは百も承知だ。
 ただ、本当に食べてくれなかったのは今日のプリンが初めてだったのだ。
(サプライズ・プレゼントが気に入らなかったか、それともガキ呼ばわりしたことの方か…!?)
 いや、状況など言い訳に過ぎない。全てを無視して夢中にさせるだけの求心力をスィーツに付与し得なかった、俺自身の敗北に他ならない……!
 何か根本的なところで見落としの有る激情に駆られ、ガダラルは寝台から身を起こした。
 ――次を見てろミリ。あまりの美味さにひれ伏せさせてやる。
 横に掛けてあったエプロンをまといズカズカと寝室を後にする。行き先は無論、厨房。
(貴様の心象なぞ関係有るか。義理も立場も踏み越えて、まとめて灰に……じゃない、屈服せざるを得ないプリンをその猫舌に味わわせてやるぜ!)
 丁度すれ違った巡邏の兵が、判らないようにため息をついていた。

 厨房までは歩くほどもない。
 文字通り目隠ししても歩ける、あまりにも身に馴染んだ順路をガダラルは大股で踏破して。
 わずかに、眉ひそめ――呼ぶ。
「ミリ?」
「ぎにゃおうっ!?」
 これまた文字通り跳び上がる先客。
 ……そう。
 不可侵領域たる厨房の、その奥まった一角――魔力稼働の特製冷蔵庫前に、ミリ・アリアポーがうずくまっていた。
「な、な、な、なん…!」
「貴様こそ――と、いや、愚問だな」
 泥棒猫の手の中を一瞥し、言う。
 スプーンと、プリン。
「なるほど…」
「か、カン違いしな」
「黙れ」
 妨げてから、備え付けのテーブルにひとつ席を空けてやる。
「座れ。そして食え」
「ううう…」
 ミリはなおも躊躇っていたが、いやに静かな同僚の態度に気圧されたようにおずおずと席に腰を下ろした。ガダラルも無言で対面に座る。
 ――暫し、無言。
 ガダラルは悠然と腕を組み、スプーンを握りしめたミリの目線は目の前のスィーツと彼の顔色を見比べるように数度、往復する。
 よく分からない“間”の中で、ガダラルは何も考えなかった。ただ、言語化しづらい妙な響きが脳内にせり上がってきて、それに身を任せているだけだ。
 畜生、ではなく。
 ザマミロ、でもなく。
 強いて言うなら――“good!”か。
「………」
 くぁっ!!
「ひっ!?」
 プリンに伸びかけたスプーンの先を、羅刹の眼光が射竦める。ビビるミリ。
「え、えっと…」
「食う前に一言だ」
「いただきます…」
「良し」
 一口含むが、やはりペースは鈍かった。躊躇うように――言うべきことを言い出しかねているように、ちらちらとガダラルの顔を盗み見る。
「あ…あのねガダ」
「言うな」
 ズバッと切り捨てる。
「どうせ憎まれ口しか出てこん」
「聞いてよ!ちゃんとあやま――」
「口に出すより、入れろ。俺がそれを望む」
 再び、沈黙――
 が、また動き出したスプーンがプリンに伸びる勢いは増していた。ミリの表情が、それはそれは幸せそうに甘く溶け崩れていく速度も。
 ややあって、ガダラル。
「…当分プリンは出さん」
「え!?」
 溶けていた顔が凍り付く。無視して、
「どこぞの誰かが意地を張るからな。別に理由など知りやしねーが、食後には並べん方が賢明だ」
「ほ、ほんとごめん!だって…」
「然るに!」
 ぐ、とミリを黙らせて。
「欲しくなったら、ここに来い」
「……………は」
 ぽかんとする。ガダラルは腕組みを解こうともせず、ぷいっと横に顔を逸らして。
「言えば作ってやらんことも無い、特別だ……ただし!週に一個ずつだけ。それももっと早い時間にだ!太る!」
「……………」
 何度か、瞬き――完全に意味を捉えかねているらしかった。無理も無いのだが、ガダラルはイライラしてしまう。思ったより余裕の無い自分に気づいて、更に不機嫌が加速する。
「………………………………なんで?」
「二度は言わん!」
 語気も荒く、席を蹴飛ばして冷蔵庫に向かう。取り出すものは、卵とバターとオレンジと……ええと何だっけ……。
 ちらりと背後に目をやると、ミリの顔が急速に輝き出すところだった。
「………え、ほんと!?ほんとにいいの、本当!?」
「言わんと言っただろうが!」
「ありがとーガダー!わーいプリンプリンー!!」
 ……………はぁ。
 冷蔵庫を閉め、ぺたんとその場に腰をつきながら、
(味はこのままでいいかもしれんな)
 思った。このとびっきりの笑顔を、自分一人のものに出来るのなら。

 後日。
 防衛戦を終え、へたり込んでいるミリの元に、ガダラルの副官――名前は忘れたが、見知ったヒゲ面――がやって来た。
 乱れた息もそのままに、彼が差し出した自分宛という手紙を開く。
『例のプリンが冷蔵庫の中に出来ている。約束守って俺が帰るまで一個ずつ食って待っていろ――――ガダラル』
「捕まったの?」
「はあ」
 ため息をついて、ミリはその場にころんと転がった。時刻はそろそろ宵の口、食べに行っても良い頃合いだが……。
(とっとと帰って来てよね~…)
 一緒に食べないと美味しくないじゃん。
 そんな内心をヒゲに読まれたような気がして、無防備な脛を力いっぱい蹴りつけた。


 おしまい。
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by sasop | 2008-10-25 00:18 | FF11小咄
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