さそり庵



窓辺にて

最終話、あるいは第0話。



終わった……もとい、始まった。
どうしようか。今度こそ言葉が無い。まあ、最終回というのはそういうものかもしれない。ただ噛みしめればそれでいい。

……どれ、噛みしめて零れ落ちたカケラをつらつら書いてみることにしよう。

まずは会長。よもやエルナトと同一個体だとは思わなかった。
その真意もまた意外だった。
「この宇宙に可能性が無いのなら、それが有る宇宙を探す」というのだ。説教臭い話になるが、その目的を果たさせたのが学校という狭い狭い宇宙に住んでいる少女たちということに象徴的なものを感じずにいられない。中学生や高校生はその宇宙しか知らないから、ついつい物事を決めつけがちだし、悲観しがちだ。だから……いや、やめよう。あの最終回を観終えてすぐにこんなことを書くのは恥ずかしい。
ただ、「私は私になる」という答え。「私になれる」という可能性は、容易く諦めなくてもいいということだ。何しろ太陽系外縁まで行ってようやくそうなった輩もいる。しかも、そうまでして成ったところで、いつまた見失うかわかったものではない。「私」は尊いが不安定だ。確かなのは、宇宙は自分が思っているよりずっと広くて、ずっと長く続くということだけ。気楽に構えていればいい。私はそう思う。

11話ラストで、みなとくんとすばるの服装が変わった。あれは何だろう?
みなとくんは、自分自身の呪いから解き放たれたのだと思う。過去を変えてこの世界に残りたいという希望が薄れ、宇宙から消える未来だけを求めることで呪いの力は再び魔法へと回帰した。
あと、どーも私はこれまで彼の「消える」という言葉を誤解していたフシがある。存在そのものが全くの無になることを望んでいるのかと思っていたが、カケラたちのことを考えるとそうではなく、別の宇宙へ移動するのが彼の主目的だったようだ。つまりプレアデス星人と全く同じだったのだ。
では、すばるが黒くなったのは? みなとくんの一部が彼女の中に入った結果か、あるいは、呪いを抱いたまま変わっていこうとするすばるの心の表れか。両方であってほしいと思うが、いずれにしても、みなとくんが決して幻にはなり得ないことの証であることは間違いない。何かを、誰かを動かし、変えたのならば、それは幻とは云わないのだ。

あの子たち一人一人の未来については、これまでの記事の中で書いてきた。だからここで改めて展望を語ることはするまい。みなとくんも大丈夫だ。実際に辿る道がどうであれ、彼は自分の運命を決定的に呪ったり否定することはないだろう。だって、すばるが持ってきてくれた運命なんだから。すばるが彼を幸せにした。みなとくんは、もう幸せを手に入れたのだ。

さて、ずっと追ってきたこのお話ももうお終いだ。ぼちぼち〆をしなくてはならない。

1話に触れたとき、私はこの世界の空気を「昔もらった綺麗な飴玉のよう」と表現した。が、3話か4話の頃からだろうか、ひかるたちの息遣いを感じるに連れてその感覚は薄れていったように思う。そういうノスタルジーは、このお話には似合わない。放課後のプレアデスは、どこにでもいる普通の(わがままで残酷ということも含めて)女の子たちが、悩んで、もがいて、じたばたしながらどうにか前に進んだという、等身大で進行形のお話だ。制服が着たいからという理由を言い出せなくて親友の前から無断でいなくなるような、薄情さや無責任さも、そんな自分を責める気持ちも、全部ちゃんと持ち合わせている、本当に本当に普通の子どもたちのお話。だからこんなに惹かれてしまうし、彼女たちがこれから辿る未来に想いを馳せたくもなってしまう。
星の海を駆け巡り、魔法を実現した女の子たちの物語。その余韻として残るのは、宇宙の広がりでも成し遂げた魔法の偉大さでもなく、彼女たちが過ごすありふれた放課後への祈りだった。
Bon voyage.
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by sasop | 2016-06-09 19:30 | 放課後のプレアデス
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