さそり庵



泡沫の花

生まれてしまえば、幻ではない。



思うに。
人間の心は、世界で最も手の多いマルチタスカーだ。みんなでいたいという気持ちと、一人になりたいという気持ちを簡単に並列処理するし、誰かに対する愛情と敵意さえ、当たり前のように併存させる。ただこのマルチタスカー、厄介なことに手一本一本の長さや器用さが違う。しかも分業ができておらず、手と手の間でタスクの奪い合いまでするものだから、それまで器用に扱えていた感情が突然暴走したり、零れ落ちて見失ったりもする。ようやっと拾い上げたと思ったら、まったく別のものに変質しているということもある。

何が言いたいかというと、「変わりたい」という気持ちと「このまま魔法使いでいたい」という気持ちは併存していて当然ということだ。捨てた、消えたと思っていた想いも、見えなくなっただけで本当はまだ心のどこかに息づいている。例えば私はすばるたちくらいの頃声優さんになりたかったが、その努力をやめ、彼女たちの倍以上生きてみてなお、その願望は残っている。時間が経って、その存在が自分を苦しめなくなったというだけだ。恐らくこれが、このお話でいうところの『確定した可能性』なのだろう。そういう古着も全部抱えて、人の心は生きていく。

すばるは自分を『確定』させたことで、一度魔法の力を失った。「変われていない、変われない」という自意識が、可能性を100%に限りなく近づけてしまったのだろう。これが角マントが言っていた『呪い』だ。変わることができなくなる呪い。
10話の感想で私は「彼がすばるに呪いをかけた」と言ったがあれは間違いだ。呪いは元々すばるの中にあった。太陽の件を経てもなお、その呪いは消えずに残り続けていた。角マントはそれを思い出させたに過ぎない。
だが、先にも述べたように、一度生まれてしまった気持ちは呪いだろうが祝福だろうが消える方が珍しいものだ。呪いの『滞在』を許し、うまく付き合っていこうとする中に、成長というものは恐らくある。
そもそも、「変わりたい」「こうしたい」という感情に対する反作用、例えば「変われなかったらどうしよう」「このまま変わらずにいたい」という思いは誰の心の中にもある。何も、終わってほしくない夢のような時間を経験する必要はない。憂鬱な仕事を前に「休みたい」と思うときも、面白いと評判のアニメを観るためにバンチャにお金を振り込むときも、それらを留める心は必ず芽生えている。一点の曇りも無い確信や願望など存在しないと私は思う。99%は有っても、100%はあり得ない。それで良いのだ。
この物語が終わった後も、すばるを始め他のみんなも「変われない」「変われていない」と何度も苦しむことだろう。あの魔法使いの時間に戻りたいと(記憶が残っていれば)願うことさえあるだろう。そうした苦しい時間の中で、もがき、変わってゆく彼女たちを、応援し続けたいと思うのだ。

……だからみなとくんと一緒に消滅とかそういうオチはやめてね。お願い。いや大丈夫だろうけど。

それにしても、出発を前にしたあおいとすばるのシーンは印象的だ。
思うに「会長がどう言ったってすばるは変われる」というあの言葉は、すばるを置いていったあおいが遂に言えなかったものなのだろう。大切な友だちとの思い出の、最後の最後の心残りを、魔法の力が解き放ってくれた。ある意味での過去改変? いや、今だから出来る、大事な思い出への決着だ。
そして、それを伝えられた今、もうあおいに振り返る理由は無い。雪は融けた。雨は上がった。少し疲れて、今を懐かしむときが来るまで、前に進むだけだ。

あおいに背中を押されたすばるも、果たして歩き出した。変身した友の姿が雨上がりの空に見えなくても、彼女の言葉は、あの日の答えは、すばるを突き動かすエンジンになってくれたのだ。

二つのエンジンは始動した。間もなく、道が別たれる。

以下雑感。
・みなとくんを気にする男子生徒くん好き。程よい馴れ馴れしさが心地よい。正直、彼とみなとくんとすばるの絡みを見てみたい。
・タイムパラドックスをあっさりスルーする辺りに「それはテーマじゃない!」的な思い切りを感じて私にんまり。
・「よくわからないけどわかったわ」いつきちゃん、肝据わり過ぎ。

みなとくん@角マントに関する考察&整理あれこれ。
・やはりみなとくんの肉体は病室にあった。すばるの星を持っていたことから、今回見えたのはすばるが辿ってき運命線のみなとくん。角マントや温室のみなとくんが生まれたのとは別の運命線の住人。
・にもかかわらず、元・角マントのみなとくんは「今のが本当の僕」と言っていた。恐らく、彼もプレアデス星人と同じで、どの運命線にも健康になる可能性が示されていないのだろう。だから彼は消えようとする。にもかかわらずすばるがガンガン扉を開けてくるので、プラネタリウムで「それは僕が望んだことじゃない」と言ってしまった。
他の運命線をどうやって観測したのかが判らず結論を出せずにいたが、今回のあの言葉で確信できた。エンジンの欠片で増幅された力を使ったか、あるいは何か他の方法か。とにかく、前回疑問だった「過去改変→消滅」という変化の理由ははっきりした。
・手入れをしていたはずの花壇が荒れていたのは、成層圏でカケラを全て失ったことで、病室のみなとくんが運命線に干渉する力が無くなったためか。にもかかわらず花と記憶が残っていたのは、恐らくエンジンの力の性質によるもの。あれは未来に進むためのものなので、タイムパラドックスの修正を充分に行うことができない。みなとくんとすばるの庭いじりを、まったくの幻にしてしまうことはできないのだ。
・みなとくんの願いが叶って彼が世界からいなくなれば、あるいは幻になるのだろうか。その点は、少なくとも最終話を終えるまでは未確定だ。

【追記】
モブ男くんについて。
考えれば考えるほど彼の存在は大きい。魔法使いでもなければこれまで物語にまともに関わったこともない(彼が何者か思い出すのに五秒ほどかかった)モブ男くんが、曲がりなりにもみなとくんを覚えていた。この事実こそ、これまですばるたちが築き上げてきたものが幻でなかったことの『客観的な』証明であり、成果の体現者でもある。
そんなモブ男くんが、すばるにとびきりのプレゼントをした。彼は多分サンタクロースだ。一生懸命頑張っている子どもたちにプレゼント。中学生の少女のもとにサンタさんが訪れたのは、すばるが、会長が言うところの「大人でも子どもでもない」未確定の存在=魔法使いに戻ったという証でもある。
モブ男くん、単なる端役にしては描写の熱量が尋常ではないと思っていたが、こう考えていくと納得だ。
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by sasop | 2016-06-09 01:20 | 放課後のプレアデス
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