さそり庵



輝きのこちら側から

アイマス劇場版ネタバレ感想。未見の人は読んじゃダメ。

※視聴回数は一回。パンフレット等関連情報には目を通していません。
※肯定的でないようなないよう。




結論から言うと、私はこの映画のことが好きです。アイドルマスターが銀幕デビューしたことも、アニマスの765プロにまた会えたことも喜ばしく、121分の上映時間を通して心地良く過ごすことができました。もう一回か二回は劇場に足を運ぶと思います。
が、同時に、『心地良い』以上の感想を抱きづらかったというのも正直なところです。

今回の映画は、アイドルマスターというコンテンツの現状と未来図を端的に表しているように見受けられました。仲間同士の横のつながりを強調し、浅く広い世界観を展開してゆく。勢い、個々の人間性の描写は徹底できなくなってしまう。2ndivisionに共通するその指針に私が否定的であることは、この数年ツイッターで九官鳥よろしく繰り返したのでここで深くは述べません。が、その浅く広くという指針ゆえに、今回の物語に首をかしげざるを得ない点が出てしまったのも事実であるように思います。
縦の描写――アイドル個々の人間性への切り込みが浅いぶん、強烈なインパクトは残らなかった。ストレスもカタルシスも無く、心地良い予定調和に終始してしまった。
そのことを象徴する存在として、春香とあずささんの二人がいます。

アニマスの春香さんは、『アイドルを目指したきっかけ』が1st世界と大きく変わった一人です。無印のランクAであれほど強調された「歌が好き」という理由も、憧れのお姉さんの思い出もなく、「みんなで楽しく歌う」という幼いころの誓いだけが彼女のスタートとして語られています。要するに、アニマスにおけるアイドル天海春香の源流は「みんなで楽しく」というその一点にありました。
私がこの変更にさほどの違和感を持たなかったのは――はるるん持ち前のキャラ性の広さということもありますが――スタート地点がそこであれば彼女はあのように行動し、悩むであろうとごく自然に納得がいったからでした。無印春香の成功の秘訣は(一言で語れるようなものではありませんが極めて乱暴に言ってしまえば)好きなことに懸命にまっすぐに打ち込むことにありましたから、その『好きなこと』が「みんなで仲良く、楽しく歌う」ことであれば、アニマスのようになるのは『この世界の彼女らしい』と思えたのです。
が、これまでは気にも留めなかった『さほどでもない違和感』が、今回の映画で浮き彫りになってしまいました。
というのも、彼女はあまりにも『綺麗過ぎる』のです。
「みんなで仲良く、楽しく」という彼女自身のテーマに対して、アニマス春香はあまりにも混じり気が無さ過ぎました。いつも前向きで、一生懸命で、それゆえに一度は倒れてしまう。ひと昔前の言葉を使えば、白春香に近い性格と言えるかもしれません。そこにはお菓子作りに熱中するあまり夜明かしして授業で爆睡したあげく顔にアザを作ったり、説教臭いPに拗ねてみせて痛烈な反撃を喰らわすといったアクの強さがありません。
もちろん、「この世界の春香はそうなんだ」で済ませることはできます。が、私にはどうにもその『綺麗さ』が、彼女個人の持ち味ではなく、現在のアイマス全体(シンデレラガールズを除く)の象徴であるように思えてなりません。
一致団結765プロ。みんなで力を合わせればどんな苦難も乗り越えられるというのは昨今のアイマスが掲げるテーマのひとつかと思いますが、春香はそのテーマの体現者として描かれているのではないか。劇場版を観て、私はそう考えるようになりました。
この描き方、個人的には少々さびしいです。アイドルマスター全体のテーマを一人のアイドルに託してしまったら、彼女はそのときから個人ではなくなるのです。天海春香の”素”の顔が無くなり、単なる偶像になってしまう。アイドルマスターの素晴らしさはアイドルたちのアイドルでない部分の素晴らしさだったのに、これでは我々ユーザー(プロデューサー)にとっても、彼女は、あるいは彼女たちは、手の届かない『完璧な偶像』になってしまいます。
劇場版アイドルマスターを示すコピーのひとつに、「これがアイドルの理想形」というものがあることを考えても、今回の春香は天海春香の姿を借りた『アイドルマスターのテーマそのもの』であったというのが私の考えです。そして、人間でなくテーマという名の偶像を描くやり方は、私自身の感覚にあっては『薄味』と受け取るほかないのです。

その春香の方針を13人の誰もが受け容れ、同じ悩みに向き合ったために、劇場版では一人一人の思考に個性や方向性が発揮されませんでした。この展開がアニマス終盤との対比であることは言を待ちませんが、双子、やよい、響、貴音、真など、一度の試聴では何をしていたか思い出せない登場人物が多くいたことを考え合わせると、評価に苦しむところです。

しかし本来、あれだけの個性の塊である765プロの面々が「ひとつのお話の中で何やってたかわからない」などというのは考えられない話です。今回は誰もが成長を遂げた時期のお話、それもわざわざ一堂に会しているのですから、13人全員から目の前の問題に対し個性的かつ印象的なアプローチがあってしかるべきです。が、記憶に残されたのは春香を除けば伊織、千早、雪歩の三人に留まり、他の面々は『誰がやってもいい役回り』を順繰りで受け持っていたようにしか見えませんでした。
思うに、アニメにおける765プロオールスターズというのは仮面ライダーのそれに近いのです。旧ライダーたちは主役時代の個性や強さを抑えられ、いまいち華々しい活躍ができない。何故スーパー1はここで五つの愛の腕を振るわないのか。BLACKのライダーキックはそんなちゃちなものじゃないはずだ。ダンサーズが居づらそうなのに、無敵のやよいゾーンは何故展開されないのか。「優し過ぎる」と評された真のイケメンサポートはどうしたのか。もちろん、彼女たちに完璧は要求できません。765プロの面々はアイドルとしては一人前でも、先輩としては未完成。それは当然です。一年と少し前までは箸にも棒にもかからない着ぐるみの中の人だったのですから。けれど、未完成なら未完成なりに、それぞれ存在感は発揮したはずだと思うのです。
わけても、あずささん。暗い雰囲気のダンサーズに対し、ほとんど何の手だても無かったように見受けられました。これは明らかにおかしいのです。三浦あずさともあろうお人が困っている後輩に手も差し伸べず、頭も撫でず、それどころかどよんと暗い顔色から心境も読みとれないということは絶対にあり得ません。竜宮小町の最年長として彼女は何をやっていたのか。ただ「あらあら」と伊織と律子の後をついてきただけだったのでしょうか。そんなはずはない。伊織だって最初からあの大貫禄だったわけではなく、彼女が充分に成長するまではあずささんがユニットの主柱であったはずです。そんな過程を経た『三浦あずさ』が、あの状況で出しゃばらないはずも、有効打を打てないわけもないのです。それが見られないのは、やはりオールライダー現象による個性の減衰と考えるしかないでしょう。
もちろん、一瞬や一言にありったけの行間をぶち込んでくるアニマススタッフのこと、今後繰り返し視聴する中で新しい発見は山が積み上がって崩れるほど出て来ることでしょうから、この感想も変わってくるのかもしれませんが、差し当たり初回での感想としてはそのようなところに落ち着きました。

――と。
ここまで延々、個の部分の描写に対する不満点を述べてきました。もちろん、121分という限られた時間の中で765プロ13人+ピヨちゃんとP全員の魅力を描ききることが不可能だったのは先刻承知です。その上で敢えて765プロオールスターズを描くなら、こうならざるを得ないということも同様に。なので、私自身はごく穏やかな気持ちでこの映画を観ることができました。
今後のアイドルマスターは、恐らくこの路線で続いてゆくのでしょう。冒頭で「このお話が好き」と述べたのは、その方向性をひとつの完成された形で見せてくれたからです。「これが今のアイマスです」と胸を張って示してくれたから、私はそれを笑顔で迎えられました。私の求める姿とは違うけれど、彼女たちが――アイドルマスターが元気にやっているのがわかりましたから、私はこの映画が好きです。

あと、ジュピターに関しては……
私、預言者を名乗っていいのでしょうかね(笑)。
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by sasop | 2014-01-29 19:52 | ときどき雑記
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