さそり庵



歓声は聞こえず、拍手は遠く 4(終)

これでお終い。目次はこちらより。


歓声は聞こえず、拍手は遠く 1
歓声は聞こえず、拍手は遠く 2
歓声は聞こえず、拍手は遠く 3
歓声は聞こえず、拍手は遠く 4(終)



 夢中だった。
 と言うより、ほとんどわけがわからなかった。体に染みついた上演時間を全力で駆け抜け、先の苦悩と嘆きもあって心身ともに疲弊し尽くしたところにまさかのアンコール。そもそもアンコールというものをどのように処するかもわかっていない響にとって、過酷ともいえる時間帯。
 それでも、
(……うれ、しい)
 呼び声に応じて戻った自分を、皆は歓声で迎えてくれて。
(嬉しい。嬉しい、嬉しい――!)
 各曲の始まりとフィニッシュに、皆は拍手を届けてくれて。それに自分も、感謝を返して。嬉しくて、楽しくて、もう仕方なくて。
 そして――
「……ありがとう」
 最後の、つまり、今日六度目の歓声の中でその一言を紡いだのを最後に、響は茫然と立ち尽くした。
 何もわからなかった。
 何が起きたのか。
 何が変わったのか。
 ここからいったい、どうすればいいのか。
「響ー!!」
「お、おー」
 生まれて初めて受けるコールに、ぎこちなく手など振って応じながら、響はおそるおそるマイクを口元に持っていった。無言のままふいっと引っ込んでしまうのがキャラ的に正しいと、頭の片隅で誰かわめいている。
「みんな。ええと……その」
 完全に無視して、口を開いた。
「今日は、来てくれてほんとにありがと……。どうだった? ちょっとは良かった、かな?」
 拍手が起こった。満場の、とはいかず、まばらなものだったが、響にはそのひとつひとつが大いなる福音のように聞こえた。
「そっか、良かった」
 笑みがこぼれる。どうしようもなく“氷”は消え去り、年相応のあどけない表情が露わになった。

 束の間。

 へなへなと見回していた響の素顔が、客席の一点でふと引き締まる。何か、急速に現実に引き戻されるかのように仮面を再生させた舞姫は、いつも通りの冷やかな眼差しで、それでも客席にこう言い残す。
「良かったらまた来てくれ。じゃな」
 反応は無かった。
 一礼も無く響が立ち去り、終演のアナウンスが流れても、もう二度と声は挙がらなかった。


「お前だったんだな」
 全てが終わって。
 ビル街の夕焼けに背を焼かれながら駅へと向かう我那覇響は、誰に言うともなく呟いていた。
「サクラしてくれたってわけだ」
「サクラって」
 どこか遠い横顔に、慌てたような声が応じた。響の傍らに陣取って歩くショート・ヘアの少女は、変装用の眼鏡を取って中性的な美貌をさらけ出す。
 菊地真。
「ライブが終わったんだよ? ああするのが当たり前だと……思うけど」
「…………」
 答えず、わずかに目を逸らす。
 客席に真の姿を認めたとき、響は全てを理解した。アンコールも、拍手(ふくいん)たちも、彼女が先導してくれたこと。他の人は後を追っただけ。
「自分のライブじゃ、当たり前じゃない」
「――だろうね」
 反応させないステージ。
「反応する価値が無いからだ」
「ええ!?」
 真が目を丸くする。
 慌てる知り合いに目もくれぬまま、響は黙然と前だけを見ていた。われ知らず噛みしめる唇に、気づかぬまま。
「そんなこと言うなよ!」
 かけられる声は真剣そのもの。
「みんな見入ってるんだよ、響! 善永さんにだって言われたんだろ、凄かった、圧倒されたってさ!」
「――そんなの……そんなの、今もそうかなんてわからないじゃないか!」
 叫んでいた。
 思わず立ちすくむ真に、詰め寄る。細い肩をつかみ、にらみつけるショート・ヘアの黒瞳に、大きく見開いたそれが見えていた。噴き出した感情。情け無い本音。
「途中までは確かにそう言ってもらえたよ! でも今は違う。誰も、何も言ってくれない。何も!」
 真が、口を開きかけた。振り払うように叫びは続く。
「自分のダンスは変わった。手ェ振ったり、なんか喋ったり、お客さんと一緒にいようとし始めてから、だいぶ変わった」
 真が、かすかに首肯した。
「今日観てわかった。びっくりした」
「びっくりしただろ! びっくりするほど、ヘタになってただろ!? 自分でわかってんだ。前みたいに踊れない! どんどん、どんどんつまんなくなる! だから!」
「そんな」
「だからみんな離れてくんだ! 何も言ってくれないんだ……!」
 いつしか――
 響は、真の肩にすがりついていた。
 ジャージの布地を濡らす涙は、被り続けた仮面の残照。それとも。
「響」
 そっと抱き締めようとした手を、乱暴に払いのけ、体を離す。
「……勝負しろ、真」
 そう言って睨みつける少女の面(おもて)は、今にも崩れそうで、そのくせ――
(ああ……)
「自分と一緒に、踊ってみせろよ!」
 真が知っている響の中で、最も強く、美しかった。


 勝負しろ、と響は言った。
 破綻しているのは知っている。彼女のダンスが過去より劣っているならば、今なお進歩し続ける真に勝てるわけが無いのだから。
 それでも敢えて挑むのは、かすかに残った矜持の灯を今一度盛(さか)らしめんためか、あるいはトドメを刺してほしいのか――果たして。

 いずれにせよ。

(凄い……!)
 ともに舞い踊る菊地真が、そのステップに全身の肌を粟立たせたのは確かだった。
 勝負と言って、例えば順番にダンスを披露するわけではない。完全即興のコンビネーション・ダンス、それを描くだけ。いつまでも。いつまでも。
(凄いよ、響)
 氷の舞姫と夜半(よわ)の麗蝶、両者が織りなす世界に在って、真はどこまでも飛んでゆけそうな感覚を抱く。無限の解放感。同時に、焼けつくような緊張と高揚。
 これまで想像したことも無いような、響から受ける上昇気流。それに押し上げられたかと思えば、相手はすでに遥か上を飛び、ときに傍らで螺旋を描き――
 真もまた応じた。導きに従い、あるいは自らが先に立ち、生み出す激しくも壮麗な世界。既に陽は落ち、夜灯だけが寂しく照らすありふれた公園に顕れた、ステージという理想郷(arcadia)。 
 其は、炎よりも熱く。
 氷よりも鋭く。
 終わりは唐突に訪れた。
「…………」
 我那覇響が、舞うことをやめた。
 体力が尽きたわけでも、まして、“負け”を認めたわけでもなく、ただ止まった。俯き、陰に埋もれる面(おもて)で、夜灯に照らされて珠玉のように光る滴(しずく)が頬から顎を伝い、落ちる。
 いくつも。
 いくつも。
「響」
 菊地真もまた、止まっていた。
「ひびき……」
 うつむいた友に贈る言葉を、麗蝶は必死に探し求める。
 響が求めているものはそれだと、知っていたから。自分のことのように、わかっていたから。
 何を言おう?
 何を、言ってあげられるだろう?
 自分も、相手も立ち尽くしたまま。理想郷の支配権を沈黙と静寂に譲り渡して、どれだけの時間、そうしていたことか――
 打ち破る言葉は、短かった。
「楽しいね?」
 笑った。それで充分だった。
「続き、やろ。響」
 応えは無かった。
 ただ、動かない友人の頬を、新たな光の粒がひとしずく、流れた。
(――ふう)
 菊地真は夜半を見上げた。
 わずかな星を数えるように瞳を細めるおもざしは、王子様とは呼べそうもないほど人間くさく、苦しげで。
 まるで、合わせ鏡のようだった。
 ああそうだ。ボクと響は鏡。
 同じ痛みを映す――鏡。
「ほんとに、さ」
 びくりと、響の肩が動いた。慈しむように、頬笑みが浮かぶ。
「本当に、ただダンスが好きで、『ああ楽しいな』で済めばいいのに」
 arcadia、か。胸の奥、そっと吹き戻す。
「どうしてその先を求めちゃうんだろうね」
「そんなの」
 わからない?
 それとも、決まってる?
 響の言葉は続かなかった。続きがあるとも、思えなかった。
 だから、真は手を差し伸べた。
「さあ、続きやろう。響」
「――うん」
 二人が動いた。
 ポニー・テイルが空を裂き、舞う。
 しなやかな四肢が、疾風(はやて)を歌う。
 合わせ鏡はひとつとなりて、いつ果てるともなく踊り続ける。
 静かに、されど、狂おしく。
 歓声は聞こえず、拍手は遠く。誰知らぬ夜半の底、輝き続ける。
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by sasop | 2010-05-23 23:11 | 書いてみたシリーズ
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