さそり庵



歓声は聞こえず、拍手は遠く 3

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歓声は聞こえず、拍手は遠く 1
歓声は聞こえず、拍手は遠く 2
歓声は聞こえず、拍手は遠く 3
歓声は聞こえず、拍手は遠く 4(終)



 いつか必ず辿り着く。
 いつか必ず叶えて見せる。
 そうした希望を胸に抱き、今日と闘う人間は多い。
 理想とはかけ離れた己の姿。冷淡に過ぎる神の采配。暗闇の様な現実の魔物に立ち向かうには、希望という剣が、夢という名の鎧がどうしても必要だ。誰もが手にし得る、最強にして最終装備。
(――の、はずなのにな)
 鎧の“しころ”でも弄ぶ心地で、我那覇響は今日のライブ会場となる舞台の袖から客席を覗きこんでいた。
 先の真のそれと比べれば、猫のおでこにも等しいホール。収容キャパシティに換算すると10%にも満たないところだが、
(埋まってんのはその半分)
 空席だらけの現実を前に、ライブの主役は暗く沈まざるを得ない。
 我那覇響ソロ公演の動員数は、毎回こんなようなものだった。アリーナいっぱいの王国を見た目の前にわだかまる、うらさびれた荒野。名を現実。
(あんだけの会場で前座やった後なんだから、お客さん増えると思ったのになぁ……)
 もともとあの場に集まったのは、菊地真目当ての人々。前座の世界に一度呑み込まれてはくれても、貴重なお金と時間を使ってその単独公演に足を運ぶ、とまではなかなか行かぬものらしい。
(そーさせる魅力が無い、のかな)
 善永に語った自信満々の言葉とは違う、偽らざる本音を響は胸の奥に漏らした。
 もっとも、あれはあれで決して嘘ではない。反応させないステージ、そのステータスに対する不信と自信は、常に表裏一体の形で併存する。
 考える。自分に足りないものは何かと。
 これが例えば、自分に絶望した黒井あたりの裏工作だとすればドラマとしては面白いところだが――もしもそうなら、情宣を封じられ、小さな会場をあてがわれたとしても、客席自体はいっぱいになるはずだ。実際にはご覧の通り。介入説には“期待”出来ない。
 まあ、
(色々あるよな。ンなもんのせいにしなくても)
 内心、黒井に頭を下げつつ、響は自らの“仮面”をかぶった。
 仮面。そう、菊地真が王子の仮面をかぶるように、響は氷の仮面をかぶる。同じ仮面舞踏会(マスカレード)。実力は、互角。では、氷に足りぬものとは。ホールとアリーナ、20倍もの動員数の差は、いったいどこから生まれてくる?
(探してくしか、無いよな)
 会場が暗転、イントロが流れる。バンドマンなどという贅沢は望むべくもなく、カラオケの音響が色を塗る舞台へと、響はいつものように踏み出した。歓声は無い。拍手は少ない。いつものように。これまでと、まったく同じように。
 だから、
「―――」
 だから試しに、客席へ手を振ってみた。
 クールなイメージを壊さない程度に、さりげなく、だが出来るだけ親しみをこめて。
 反応は無かった。
(…………)
 やべ。
 わずかに揺らいだ仮面を嵌めなおし、響はダンスへと神経を集中する。
 動揺するわけにはいかなかった。こんな些細な実験を引きずって本分のキレを落とすようなら、そもそも最初からやるべきではない。やる資格など有りはしない。
 それでも、
 ――ち、違ったかな。
 誰にも見せない奥底の焦りを、響は抱かざるを得なかった。
 仮面越しに見る暗い客席は、なんだかいつもより冷やかに、少女の胸をざわつかせた――


「数字を取るのに必要なのは、条件だよ。力ではない」
 黒井崇男はそう言った。
「需要。それに対する既存の供給。供給となり得る適性と力……それら全てが揃ってはじめて、数字とは動くものだ。流行情報は飾りではない。力とは所詮、数多ある条件のひとつに過ぎん」
「――力のみで需要を創り出す者も、多く在ります」
 社長席の前に真っ直ぐに佇み、四条貴音は言葉を紡ぐ。
「日高舞、神長瑠衣、天海春香、如月千早……数え上げればきりがありません。響をそうした存在と見たからこそ、沖縄から連れ出したのではないのですか。私や美希とともに、妖精の一翼として迎えたのでは」
「どう思う?」
 机の上に組まれた五指の奥、プロダクション社長はくつくつと笑う。
「そんな顔をするな。別に妨害工作などしてはいない」
 貴音は目を逸らした。苦々しく。
「私の判断が正しければ、彼女は自力でここまで昇ってくるだろう。そしてそれが出来ないのなら、Project Fairyには相応しくなかったということだ」
「ご自分の間違いを認められると?」
「絶対に間違わない? 私はそこまで傲慢ではないつもりだ」
 話はこれまで、というように、黒井は肩をすくめ、極上の座り心地を持つ背もたれに身を委ねる。
 沈黙が落ちた。響の会場とどちらが静かだろう、と、我ながら馬鹿な事を、貴音は思った。


 時が経った。
 日付が変わり、月が変わり、季節が移ろい、流行が変わった。
 我那覇響も、また、変わっていた。


(あぁ……)
 深い――あまりにも深い吐息を、響は仮面の底に吹き戻す。
 この日もまた、常と変らぬ、ただの一度の例外も無くそこに在り続けた完全な沈黙に送られて、響は舞台袖へと下がった。
 どれほどのライブを重ねただろう。
 何度同じ想いを得ただろう。
 何も変わらない。
 何も、何も変わっていない。
「ッ……!」
 たまらず、響は歩いてきた暗い道を振り返る。アンコールを求める声は無く、一斉に引き上げる人々の足音が聞こえるだけ。
 響は知っていた。その足音が、回を重ねるごとにじわじわと減ってきていることを。
 そう。何も変わっていない、とは誤り。状況は明らかに悪化している。皆の心が、自分から離れ始めている。
 ――少なくとも、響はそう思っていた。
「なんでだよ」
 声に出した。
 観てくれる人が増えないのは、観てくれた人が何も言わないからだと思った。自分が言わせていないからだと。
 だから、口コミで広めてもらえるように、可能な限り客席とのコミュニケーションを取るようにした。手を振り、合いの手を要求し、曲の終わりには感謝の言葉。合間に二、三しゃべることも忘れない。
 全て、氷の仮面を外さない範囲で。
「何が違うんだよ。真と」
 次元が違うのか。だいぶ前から奥底で蠢くその声に、響は激しく首を振った。違う。少なくともダンスは互角だ。少なくともそれだけは負けないようにと、死に物狂いのレッスンを続けている。菊地真の活動の研究も。
 少なくとも、ダンスだけは。
 ……本当に?
「―――!!」
 少女は声も無く、傍らの壁に拳を叩きつけた。
(当たり前だ)
 本当に?
「当たり前だッ!!」
 と――
 悲鳴のようなその声にこっそりと歩み寄るように、はじめ、それは小さく響いた。
 ――ル
「?」
 耳をそばだてる。客席からだ。終演後の客席から声が聞こえる。今までに在り得なかった現象。
 ――コール!
 アンコール!
 アンコール!
 繰り返し届く満場の叫び。アンコール。観客たちが、響の再登場を求めている――!
「んなッ……!?」
 喜ぶより先に、アイドルは慌てた。幻聴? そう思った方がリアルだ。だって今まで、どれだけ頑張っても頑張っても、返ってくるのは失望ばかりで。たまりにたまった全ての疲労が、自分に夢を見せているだけで――

 アンコールっ!

 何度、その声を浴びたのだろう。
 我那覇響は夢中で駆けだした。別室で控えていた音響さんに三曲ばかりリクエスト、疾風のように舞台へと舞い戻ったとき、氷の仮面は――外れていたかも、しれなかった。


 続く
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by sasop | 2010-05-21 21:17 | 書いてみたシリーズ
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