さそり庵



歓声は聞こえず、拍手は遠く 2

続きもの。第一話はこちらからどうぞ。

歓声は聞こえず、拍手は遠く 1
歓声は聞こえず、拍手は遠く 2
歓声は聞こえず、拍手は遠く 3
歓声は聞こえず、拍手は遠く 4(終)



「――はっ!?」
 響は我に返った。
 変わらず、控え室である。ステージの模様を映すモニタでは、アンコールまで終えた真が王子様スマイル全開で客席に手を振っており、二時間半にわたる公演を、時間を忘れてばっちり全部観ちゃった事実を響に思い切り突きつける。
(……い、いいけどさ)
 今日はこれで直帰である。
 響はいそいそと荷物をまとめ、他に誰もいない控え室を後にした。
 いや、その直前。
「――ふぅ」
 開きかけたドアノブに手をかけたまま、瞑目とともに息をつく。
 数秒。
 再び目を開けたとき、年相応のあどけない表情は失せ、ステージと同じ氷の光が、響の黒瞳を包み込んでいた。
 仕事を除く他者との交流を一切断ち切り、常にアイドルの自分を保て。
 黒井崇男に言われたことだった。


(つってもさー……。
 送り迎えくらい、欲しいかなって言うか……)
 人気の無い関係者用出入り口で、内心ボヤかないでもなかったが。
 と、
(ん?)
 少し離れて、見知った人影を二つ認める。
疲れたように笑う菊地真と、それに「お疲れー」と歩み寄る天海春香。
「かっこよかったよ、真っ!」
「あはは、ありがと~。無事終わったよぉ」
 飾らない、だからこそ掛け値なしの賞賛を送る春香に、へなっとした顔で応じる真。王子様は仮面を外した。
「やっぱり真、元気無いね」
「え?」
 のぞきこまれてぎょっとする。
「ぼ、ボクが? なんで!? そんなわけないだろ!」
「んーん、ウソ。
 真はね、元気な時の『へへ』が、落ち込んでる時は『はは』になるの」
「たまたまだってば。は、はははは……」
 ――はぁ。
「バレバレだね」
 認めた友人に、春香は変わらぬ笑みのまま。
「真王子は嫌?」
「……どうなのかな。
 喜んでもらえるのは嬉しいよ。女の子たちに。
 でも。
 でも……さ」
「うんうん、わかってる。
 ごめんね。意地悪、言っちゃったね」
「そんな……」
「…………」
 響は無言できびすを返した。
 独り家路につく少女が何を思うのか、静かな表情からは判然としない。

 真のDVDを観ている。
 今回の研究用に、とよこされた――誰ぞいわく『前座で主役を喰らってしまえ』と――前回のアリーナ・ライブの様子。
 だが、響が目を向けるのは、ステージ上の王子様よりも、むしろ燃え盛る客席の方だった。
 皆、笑顔だ。最高の、最ッ高の、まさに天へも昇るかのような――昇った先で「落ち着け」と現世に送り返されそうな――とにかく幸せいっぱいの、笑顔。
 一人一人が、曲に合わせて体をゆすり、手拍子を叩き、サイリウムを突き上げ、王子のアピールに絶叫を挙げ。
 個々のカオスが溶け合って、ステージ上を中心とした会場全体にひとつの『王国』を形成している。君臨者は王でなく王子なのだが、まあその辺はなんとでもなる。
(関係無いしな)
 微かに唇から漏れた吐息に、肩の上のハム蔵が主人を見上げた。
「楽しそうだなぁ、ハム蔵」
 小動物は首をかしげる。頭をちょいちょいと撫でてやりながら、響の視線はライブの光景から離れなかった。寂寞の、いや、羨望の――眼差し。
「あんなふうに盛りあがったら、すっごく楽しいんだろうなぁ……」
 楽しいし、きっともの凄く嬉しい。みんなに喜んでもらえる喜び。みんなでひとつになれる喜び。みんなとひとつになれる喜び――その中心に、我が身を置くことが出来るのだから。
「でもな?」
 語りかける。
 王子様は、そうでもないとおっしゃる。風のうわさで――美希から――聞いたところでは、菊地真、本当は現行のキャラは嫌だという。
『男の子にキャーキャーしてもらいたいの』
 男でその歓声はキモいな。
『ううん、女の子だってアピールしたいんだね。だからアイドルになったんだって。王子様なんてやってたら、えーと、ホットマカロニがどんがらがっしゃん、なの』
 本末転倒、でいいのだろうか。
(そりゃ辛いかも、な)
 画面のアイドルはMC中。美男子バリバリモードのお顔で、汗など色っぽく拭い去っている。
 歓声があがるのも仕方ない、完全無欠の『プリンス』モーション。
(どんなに盛り上がるったって、人気出るったって、自分が欲しくない形じゃなぁ)
 例えばあの天海春香も、さるメディアでの発言から『腹黒』と口さがない者たちに叩かれ、それを逆手に、今では傍若無人の女王様『春閣下』として一時代を築くに至っている。
 現物はさっき見たとおり、跪けとか啼いてみせろとか言って喜ぶタイプとはとうてい思えない優しい娘だ。打合せも無く一斉にひれ伏す愚民どもの信仰を集め、本人は内心、どんな気持ちなのか。
(でも)
 思う。
(そんだけドギツいキャラ系にされても芸人で終わらないくらい、真も春香もアイドルとして“本物”だ)
 ダンス、ヴォーカル、ビジュアル。どれをとっても申し分ない、肩で風切る実力派。
キャラ付けはあくまでブレイクの起爆剤。ただ、その起爆剤がそのまま推進剤になり、毒薬になっているのもまた事実、か。
(毒にも薬にもなる、んじゃない。毒でも薬でもあるんだ、そーいうのは。けど)
 響は注意を、客席から真自身に切り替えた。
 実力が無ければ、毒も薬もあったものではない。埋もれ、消えてゆくだけだ。それだけは真理。たとえ一時の流行になろうと、“流れ”とは去ってゆくから流れと謂う。自らの足で激流に立ち、激流の中を行く確固たる力が必要なのだ。
 そしてその力は、自分にも――
(ある)
 真にも、春香にも、負けていないと響は思う。客席の反応を見れば明白だ。“反応させない”ステージ。誰にでも出来るものではない。
 だから、
 いつか……。
「いつか、あそこでライブ出来るよな。ハム蔵?」
 首をかしげる小さな家族を、響は指先でつまみ上げ、笑った。

 続く
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by sasop | 2010-05-19 18:23 | 書いてみたシリーズ
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