さそり庵



歓声は聞こえず、拍手は遠く 1

気が向いたので始めてみよう。「あしあと」「あなたとの道」に続く、さそPの割と軽い中編シリーズ。
ちゃちゃーん。

歓声は聞こえず、拍手は遠く 1
歓声は聞こえず、拍手は遠く 2
歓声は聞こえず、拍手は遠く 3
歓声は聞こえず、拍手は遠く 4(終)



 会場は静かだった。
 無音だったとすら言えるかもしれない。
 全ての曲目を終了した、ステージ上の我那覇響も、客席を埋め尽くす数千の参加者も、歓声はおろかしわぶきひとつ発することなく、凍りついたように立ち尽くしている。
 ――当たり前だ。
 自らもまた、無音のひとかけらとなりながら、善永女史は漠然と想う。
 声など、出せはしない。拍手など出来るわけがない。
 観る者のそうしたリアクションを一切封殺するほどに、響のダンスは――凄まじかった。
 稲妻のようなステップと、
 月光を溶かし込んだストロークと、
 全てを吸い込む黒曜のフェイシャルと。
 完成され過ぎた、圧倒的な世界観。観る者はただそれに喰らわれ、魂を奪われた抜け殻となって立ち尽くす。
 年端もいかぬ少女を前に。
 静寂は破られなかった。
 一礼も無く響が立ち去り、その直後、本命である菊地真が『迷走Mind』のイントロとともに、弾丸のようにステージに飛び出してくるまでは。

「失礼」
 一転して沸き返る会場を控え室のモニタで観ていた響に、声をかける者があった。
「善永と言います」
「ああ」
 向き直る。ポニー・テイルがさらりと揺れて、それだけで見る者は空気を切り裂くような印象を受ける。天性のボディ・バランス――と、思わせる挙措。
「前座、お疲れ様。凄かったわ」
「……いいのか? 客席(キャパ)にいなくて。本番中だぞ」
「貴女と話したくってね」
「ふぅん」
 記者が手にしたメモ帳に、響は何となく目をやった。開かれる様子は無い。記事にする気はないということか。
 記事に出来る気がしないということか。
「――静かだったわね。貴女のステージが終わった後」
「それが?」
「寂しくはなかった?」
「別に……」
 響は目を逸らした。
「いつものことだぞ」
「そうね」
(……知ってんのかよ)
 ため息をつく。
 いつも。そう、いつものことだ。
 終わった後も静かなら、ファンレターもほとんど届きやしない。
 沖縄から出てきて、961プロに入ってからこっち、ずっとそんなアイドル活動を続けている。音楽番組からのオファーは無く、ライブ主体のスタイルを取っている響にとって、唯一知ることのできる“観客”の反応。
「客は」
 いつも考えていることを口にする。
「客はただ、自分を観てればいい。手拍子だの合いの手だの、そんなのは要らない」
 モニタを通して見るステージで、真が客席にマイクを向けていた。一緒に歌おう、というアピール。
「拍手だって、“されない”んじゃなくて“させない”だけだ。
 自分のダンスに酔わせてるんだよ。上手くいってる証拠。
 ……あと、ファンレターな。
 ああいうの書くのってパワー要るからな。無理によこせなんて言えない。
 言いたいことはわかってるし、形にする必要もないだろ」
「ないかな」
「無い」
「そう」
 記者がふと笑った。
「……何だよ?」
「いえ」
 女性の目は、モニタに注がれていた。
「ただ、なかなかうまくいかないもんだと……思ってね」
 ステージ上の真を見つめ、黄色い歓声を聞く表情が、ひどく優しく、ひどく――辛そうに、響には見えた。
「…………」
 こちらの視線に気づいたか否か、善永は笑みを苦笑に切り替えると、「じゃあね」と仕事へ戻って行った。
 それを追うともなく、目で送って――
「……凄かった、か」
 にまっと、響は思い切り破顔した。
「そっか! 凄かったか! やっぱそうかぁ!
 よーっし! 次も頑張るさー!!」
 ステージの上の彼女を知る者なら、誰もが目を疑う無邪気な喜びをいっぱいに浮かべ、超本格派ダンス・アイドルはしばし室内を飛び回っていた。

 続く
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by sasop | 2010-05-19 18:20 | 書いてみたシリーズ
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