さそり庵



共鳴 ――Howling――

千早の誕生日を俺がスルー出来るわけが無かった。記念SSを突貫制作。
お誕生日おめでとう! こんなんで申し訳ないけれど、千早、これからもよろしくね。



共鳴 ――Howling――



 早い話、菊地真は風邪をひいていた。
 珍しい。落ち込んだり、疲れきってベッドから出られないことはあっても、熱を出して寝込むなどという経験はもう何年ぶりのことだろう。
『疲れが出たんだよ』
 担当プロデューサーは言っていた。
『あれだけ長丁場のI.Uで、ずっと気を張り詰めてたんだ。風邪もひくさ』
 電話の向こうで、青年が息をつくのがわかった。
『――気を落とすなよ』
(……そんなの無理だ)
 優しい声の音を思い出し、力無く霞んだ天井を見上げる。
 I.U――アイドル・アルティメイト準決勝で、真は我那覇響に敗れた。
 体調を崩したのはその夜から。反省会も残念会もキャンセルで、母と、イルカちゃんのクッションの看病を受けながら、もうまる二日動けずにいる。
 もうまる二日、あの残響を消せずにいる。
(響……)
 あのとき。
 すべてが終わり、憔悴しきった真の楽屋に、我那覇響が現れたのだ。


「お前、言ったよな」
 いきなり、響にかけられた言葉。
「一人ぼっちが、トップアイドルの条件じゃない。二人三脚でトップになってみせるって」
 初めての日、響にかけた言葉。
「――信じてたのに」
「えっ?」
 聞き返すと、勝者は首を振った。
「別に」
 たまらず、真は息を呑んだ。
 ライバルのその立ち姿に、絶対の拒絶と失望を見て。
 ――失望?
 何に?
「これで決まりだな」
 勝者はぬくもりを無くした瞳で、
「てっぺんには一人でなくちゃ立てない。二人三脚や助け合いなんて、弱いヤツの言い訳だ。黒井社長の言うとおりだった」
「響!」
「もうお前には何も言わせない。自分に負けたお前には」
 それきり遠ざかるライバルの背を、真は、呼び止めることが出来なかった。


 情景が、失せ。
 遠い響の後ろ姿が見慣れた天井に戻っても、真の心は重いままだった。
 ――信じてたのに。
 耳の奥にわだかまる残響が、弱り切った心と体をさいなむ。
 真は知っていた。独りを謳う彼女の姿が、どうしようもなく苦しげであったことを。
 プロデューサーと二人で勝つことで、彼女をその孤独から解き放てると、どこかで考えていた自分を。
 だが結果はこれだ。
 軍配は孤高のアイドルに上がり、威勢良く啖呵を切った自分は、薄暗い自室で涙に暮れている。
 そう、涙。
 眠りから覚めるたび枕を濡らしていたのは汗だとばかり思っていたが、存外、そちらなのかもしれない。鏡を見ていないから、わからないけれど。
「あぁ……!」
 声を上げた。自分の姿が情けなくて。自分の有り様が許せなくて。
(裏切った。たくさん、たくさんの人を、裏切った……!)
 二人で頑張ろうと言ったプロデューサーを、
 優勝を望むファンのみんなを、
 我那覇響その人を。
 ボクは――
「真」
「!」
 と。
 ドアの外より呼ばわった、あまりに聞き慣れた美しい声に、真は反射的に身を起しかけた。
「――千早?」


「入るわね」
 鍵はかけていなかった。
 ドアノブにかかる繊手に続いて、ほそやかな肢体が滑り込む。
「具合、どう?」
 奇跡の歌姫のおもてには、微笑。
 蒼みがかった流麗な長髪が、よどんだ空気にサラサラと揺れた。
「……あんまり」
「そう」
 無理しないで、と止める千早を無視して、真はのろのろと上体を起こす。
「来て、くれたんだ」
「ええ」
「お見舞い?」
「他に何が?」
 そりゃそうだ。
「でも、千早が来てるなら母さんも言ってくれればいいのに」
 その母と千早の示し合わせた、奇襲であることを真は知らない。吹き出すのをこらえて持ち上がる千早の口角も。
「座っていい?」
 ベッドだ。
「うん。――千早」
 何か言いかけ、真はそれを呑み込んだ。
 小首を傾げ、隣に腰掛ける友人から、弱々しく目を逸らす。
「何?」
「その……」
 空白が有った。
 真は深く俯いたまま、時折千早の様子をうかがい、
 対して千早は、沈黙を敢えて埋めようとせず、のんびりと真の言葉を待った。
 微笑みの、まま。
「――どうしたら、いいのかなぁ」
 ようやく出てきたのは、そんな問いだった。
 いや、問いではない。嘆き。
「そうね」
 聞き返すこともなく、千早は小さく首を縦に振る。
「どう、したい?」
「…………」
 答えられず、真は布団ごと膝を抱えた。
 どうすれば良いのか――このまま、アイドルを続けても良いのか。
 だって、自分のダンスは人を裏切るものなのだ。
 期待させ、目を惹いて、熱狂させても、結局は何もかも台無しにする。多くの人を、ただ失望させるだけなら、いっそ――
「そうね」
 はっとして、真は声の主を見やった。
 如月千早の横顔は、穏やかに虚空の一点を見据えている。
「私の意見を言いましょうか」
「……うん」
「私は、あなたが好きよ」
 鼓動が跳ね上がった。
「あなたが好き。あなたの――あなたの歌が、ダンスが好き。もっと聴いていたい。もっと見ていたい。いいえ。一緒に、ステージに立ちたい」
「千早が?」
「そう。この私がね」
 かつて孤高に焦がれ、世界から独り隔絶しようとした歌姫は、そう言って今度こそくすくすと吹き出す。
「――って、酷い言いぐさね。真」
「ご、ごめん! だって」
「だって?」
 後が続くわけもない。
 ぱくぱくと金魚になる真に、千早は「冗談よ」と笑って見せて。
「それだけでは不満?」
「…………」
 即答できず、再び生まれた空白の中で、言葉の意味を確かめて――
 確かめて、そして、噛み締めて。
 真は首を振った。
 始めはゆっくりと。一度、間が有り、今度は激しく、勢いよく。
「そんなことない」
「そう」
「そんなことないよ!」
 その時初めて、満面の笑みが中性的な美貌に浮かぶ。
 嬉しかった。
 千早にそう言ってもらえたことが。何より、それに応えたいと強く想った自分自身が。心の底からこみ上げる歓喜に、真はためらい無く我が身を委ねた。
「――ありがと、千早」
「どう致しまして」
 優しき歌姫の微笑みは変わらず。
「うん。やっぱり笑ってる方が似合うわ、真は」
「千早こそ。――でも、格好悪いなぁ」
「まだ言うの?」
「そうじゃなくて」
 真は後ろ頭を掻き掻き。
 本当ならこういうとき、自分一人で立ち直らねばならなかったのに。
 ある歌は唄う。負けそうで、泣きそうで、消えてしまいそうなときは、自分の声を信じ歩けば良い、と。
 自分の声。それは、アイドル活動の終焉をほのめかしながらも、一方で割れんばかりに叫んでいた。嫌だ。ボクはアイドルでいたい。狂おしいほど、叫び続けていた。
「いいじゃない、それで」
 千早は言った。
「風邪なんでしょう?“自分”が弱っているんだもの。そういうときは、誰かの声に頼ればいいわ」
「そうかなぁ」
「そうよ」
 その笑みが深くなったのは、真の気のせいではなかったであろう。
「だから私は、ここにいるの」
「――そっか」
 真の瞳が、優しく遠くを見詰めた。
 頑なで脆かった硝子の翼が、強く柔らかな傍らの友とほんの束の間に交錯し、消えた。
「ああ、それでね?」
 と、持参したバッグから、千早は白い小箱を取り出す。
「我那覇さんのこと。心配しなくていいと思うわ」
「?」
「これ、春香からお見舞いのケーキ」
「って……!」
 動揺する。
 天海春香。誰あろう、I.U決勝戦で我那覇響と頂点を決する一角である。
 ちなみにその決勝戦とは、本日20時より完全生中継。
「ケーキなんか作ってる場合じゃ!」
「私も呆れたけど、まあ春香だから。仕方ないわ」
「………!」
 同感だ。
「そうでなくちゃ、春香はあそこまで昇れなかったでしょ」
“天海春香”を貫いていなければ。
「そのパティシエから、メッセージ」

 二人三脚はまかせろー! ドンガラ

「やめて!!」
「解散したい……と、生駒さん(春香担当)は言ってたわ」
「当たり前だよ!」
 言葉の内容とは裏腹に、二人の表情は信頼と確信に満ちていた。
 春香なら。
 春香なら、間違い無くやってくれる。我那覇響を、孤独の鎖から解き放ってくれる。きっと、勝利という結果とともに。
「春香だもんね」
「ええ、そうよ。春香だもの」
 共通の友を思い浮かべ、二人はそれぞれに、優しく穏やかな想いを抱く。
 千早が、ケーキの箱を開けた。
 甘く芳しいクリームの香りが、室内をふんわりと包み込んでいった。


 おしまい。


――――
誕生日関係無い(せいぜいケーキくらい)のがほんと痛々しいんだが……ううむ。千早、ごめんよごめんよ。
しかし、俺んちの真はいつもこんなんか(苦笑)。
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by sasop | 2010-02-25 20:32 | 書いてみたシリーズ
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