さそり庵



徒花 第二節 Catch ball

徒花 第二節 Catch ball 



 空を掻き裂き、四肢が舞う。
 空と戯れ、蒼髪が踊る。
 如月千早のアップテンポなステップは、まあ、それなりに見所のあるものだった。鳳(おおとり)の雄壮な羽ばたきというより、巣立ち間もない若い翼が青空を必死に泳いでいるような、微笑ましさやいじましさの類。
(悪くない)
 レッスン場にて初々しいダンスを見守るのは、プロデューサーの敷浪に加えて春香、真、萩原雪歩、さらに春香担当の生駒。春香とアイドル候補生三人は同じ高校生ということもあってか事務所に来る時間が似通っており、よくこうしてレッスン場を共有する。
 春香……も、ファースト・シングルこそ出したものの地力不足は明白で、このところオーディションから遠のき、基礎的な努力に打ち込んでいる。
 駆け出しアイドルとプロデューサーが積み重ねていく、努力と焦り。より大きいのはどちらなのか、当人たち以外には知る由も無い。
(興味も無いって顔だな。千早)
 ダンス・レッスンゆえ、歌を封じてステップだけを刻む少女に、敷浪は心の内に語りかける。
 横顔がイエスと答えた。
(はてさて……)


 ※ ※ ※


 ――数日前、事務所――
「『THE IDOLM@STER』……これがデビュー曲……」
 音無小鳥の仮歌を聴き終え、ヘッドホンを首もとに落とす。既に千早の脳内は、敷浪によって示された楽曲が織りなす世界をいかに表現するかの思案で埋め尽くされていた。
 自らの伝説の始まりを宣言する、強気で自己陶酔の激しい少女の歌。だが、全体の印象はひどくコケティッシュで、背伸びをしている本性がありありだ。これまで千早が勉強してきたクラシックや歴代の名歌謡とは全く違うポップ・ナンバー、これを過不足無くステージ上に描き出すには――
「ダンスだな」
 ポイントは、と告げる敷浪に、千早は信じられないというような目を向ける。
「お、踊るのですか」
 開いた唇がわずかに震えた。
「ああ」
「私が?」
「そうさ」
「そんな」
 何を言っているのだこの人は。
 嘆きともつかぬ虚ろな衝撃。つい先ほど、自分の歌を聴いたばかりではないか。日本の歌謡界に十分通用する自信がある。それだけのものを、一人で作り上げてきた自負もある。耳を傾ける彼の表情は、それらが自惚れでなかった証左だったはずなのに。
「今さらダンスなんて――」
「何が今さらだ、十五歳」
「子ども扱いを!?」
「そうじゃない」
 青年が首を振った。そのあまりにも真摯な様に、千早は思わず息を呑んだ。
「いいか千早、俺は君の歌唱力は既に完成されたものだと思ってる。持って生まれたものだけじゃない、これまで相当努力して、勉強してきたのもわかるつもりだ。それがどれだけ大きな力になるかもな。だが」
 知らず、千早は身を乗り出した。ストイックな少女が引き込まれるほど、青年の言葉は強く、そしてまっすぐだった。
「学んだことの中に、ダンスは有ったか?」
「い、いいえ」
「これからはそっちにも目を向けてほしい。結果としてそれが、君の歌を更に高みへ引き上げる」
「ダンスが、ですか?」
「古人曰く――」
 青年は一度言葉を切って、
「人、既に思ひあれば、則ち言無きこと能はず。既に言あれば、則ち言の尽くす能はざる所にして、咨嗟咏嘆(しさえいたん)の余りに発する者は、必ず自然の音響節奏有りて已むこと能はず」
「ええ……と……」
「中国の偉い人の教えだ」
 朱熹という人だと後に知る。
「要するに、歌もダンスも『感動を表現したい衝動』から生まれたという意味では同じもの――ってことさ。同じものである以上、もう片方を知らないことには一方を極めることは出来ない。片手落ち止まりだ」
「………」
「言ってること、わかるか?」
 わかる気がする、と千早は思った。
 研究対象から外していたが、例えばミュージカルやバレエの芸術性は否定し得るところではない。歌とダンスの融合という点で、それらと、与えられたダンス・ナンバーとには一脈通じるものが有る。敢えてこの曲に取り組むことで、歌への刺激にもなってゆくだろう。
 悪いことではない。
 が。
「プロデューサー」
 千早はプロデューサーを見返した。
 鋭くそして硬質な眼光を“かたくな”と呼ぶことを、少女は知らない。
「ダンスなんて不純物です」
 言い放つ。心のどこかがちくりと痛んだ気がしたが、無視した。
「歌を歌いたいんです。純粋に、ただ歌だけで勝負したいんです。付け焼き刃のダンスなんて意味が無いくらい、徹底して歌に打ち込み続ければ」
「それは甘えだ」
「!」
 歌姫の目が見開かれる。青年は静かに、だが強く。
「その姿勢からは何も生まれん」
「甘えてなんか」
「回り道することを嫌がってるだけだ。千早、君は今、安易でラクな道に逃げようとしてる」
「ッ……!」
 一瞬、思考が真っ白になった。
 怒り。激情という、真っ赤に灼けた極太の鉄芯が、脳髄をめちゃめちゃに引っ掻き回す。
 ふざけるな。あなたに私の何が――
「許せないのはわかる」
 清水が熱した意識を打った。
 敷浪の、目。
「だが、千早にもわかってほしい。今まで積み上げてきたものが何も間違ってなかったからこそ、ここで踏み外して欲しくないんだ。いいか千早」
「………」
 ――気がつけば、また引き込まれている。
 それと知りつつ、割り込むことはしなかった。
「まだ突っ走るときじゃない。学べば学んだだけ成長できる。その時間もある。何せ、十五歳なんだからな」
「ですが……!」
 たまらず、視線を下に落とした。
 わかる。
 どうしようもなく千早にはわかる。彼の言うことの正しさが。これまで自分が積み重ねてきた“正しい”学習と修練が、敷浪の言葉を全面的に肯定し、ダンスという新しい糧を要求する。それでこそ次の階梯へ進める、と。こと歌唱という一点において、如月千早は盲目的になるにはあまりにも明晰に過ぎた。
「それでも」
 うつむいたままに想いを紡ぐ。血を吐くがごとき苦悶の訴えは、青年の耳にいかに届くのか。
「私は、もう、走りたいんです……」
「走り出した」
 真正面から、受け止めてくれた。
「いや、もうずっと前から君は走ってる。ただ、マラソンだから全力疾走するわけにはいかん……十秒ちょっとで歌い終わる気は無いだろう?」
「――……」
「俺は、そうさせるつもりは無いぞ」
 長い――
 永い空白の後に、千早はゆっくりと、首を縦に振った。

「いやあ」
 千早が退社し、ドアを閉じる音が消えるが早いか、書類と睨みあっていた生駒が椅子の背もたれをきしませた。
「組み敷いたな」
「何だと?」
「いやもとい、ねじ伏せたな」
 しっかり聞いていたらしい。もっとも、反対側の壁際で交わされるひそひそ話さえ聞こえるクソ狭いオフィス、あれだけ熱く語っていれば耳という耳は独占だ。
 生駒は冗談めかすふうも無く、
「まさかあの千早がOKするとはな。お前の話術も相当なもんだ」
「理を尽くして説いただけだ」
 別に演出したわけじゃない。言って息をつく敷浪の目は、何故だか少しだけ遠いようだった。
「そしたら納得してくれた。聞いていたよりずっと素直だよ」
「歌のことだからな」
「そうは思わん」
 生駒がぴくりと片眉を上げた。
「きっとな、あの娘は鏡なんだよ。無邪気なくらい本音でぶつかれば、自然と心を開いてくれる。逆に仕事だけの関係とか、それこそ子ども扱いとか――妙にポーズを取れば取るほどドライに頑なになっていく。急速にな」
「一方、望ましい方の反応は遅い、と」
「気長にやる」
「はぁぁ……」
 大したもんだ。苦笑とともに、天海春香の担当プロデューサーは腕を組む。
「敏腕、てなお前のことを言うのかな。あの千早を一日でそこまで見抜くか」
「違うさ」
「へえ?」
「昔……よく似たヤツを一人知ってた。役者を目指して、何もかも否定されてズタボロに傷ついたあいつをどうすれば助けられたのか、ずっとずっと考えてた」
 自らに言い聞かせるような声音。千早の前で見せたのとは異なる、己を激しく責める横顔を、旧友は何も言わず見詰めた。
「今度は助けたい。助けたいんだ」
「――そう、か」
 淡く笑み、さらに背もたれに体重を委ねる。のけぞった顔が天井と向き合った。
「でもなぁ」
「何だ?」
「ダンスを教えてステージの上で助けても、下じゃ、こう」
 と、両眼の端に手のひらを当て、伸ばす。視野狭窄のジェスチャー。
「……なかなかそうもいかないっつーか」
 それだけで、敷浪には伝わったらしかった。
「そっちは」
 肩をすくめる千早担当。
「むしろお前の仕事じゃないのか」
「何だと?」
 驚いた友人の目を向けられても、敷浪は笑って応えなかった。

 ――今。
「いやこれは」
「サマになるもんだなぁ」
「………」
 レッスン場で舞い踊りながら、千早はプロデューサーたちの声を聞いている。
 やはり歌ではない。そう思った。歌ならば、そんな言葉も封じるほどに自分が描く世界に惹き込める。もっともっと、深い感動へと誘える。彼らの軽い“感心”は、千早のダンスがそれしか呼べぬ程度のレベルしかないことを示している。
(くっ)
 忸怩たる想いが胸を灼いた。やはり、ダンスなどする意味は有るのか。いたずらにつまみ食いしているうちに、一秒でも長く歌と向き合った方が――
 と。
 そのとき、何かが意識に割り込んだ。



 to be continued.
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by sasop | 2009-07-07 23:49 | 書いてみたシリーズ
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