さそり庵



徒花 第一節 歌姫

アイマスのお話。それなりに長くなると思います。

徒花 第一節 歌姫



 765プロ最大の問題児といえば、双海姉妹でも、はたまた後に加入する、星井美希でもないだろう。
「双子は楽しんでる。その楽しむ姿が魅力でもある」
 とは、某プロデューサーの弁。
「やる気が無いぶんには起こしてやれば良い。ダイヤの原石のようなもの。磨けば磨くほど輝きを増す」
 同上。
「だが」
 同上――

『充分すぎるほどのやる気を、困った持ち方をした者となるとこの修正は容易ではない』
(けだし名言だが)
 苦く腕を組む同僚の顔はとりあえず脳裏からおっぽり出して、765プロダクション・敷浪プロデューサーは机を挟んで正対しているアイドルの卵に意識を戻す。
「じゃあ」
 第一声。
「自己紹介がてら、ちょっと話そうか。千早さん」
「あの……」
“卵”の長髪がさらりと流れた。十五歳という年齢にしてはやや鋭すぎるきらいのある目に、焦れるような模様が浮かぶ。
「いいんでしょうか。そんな無駄なことに時間を費やしてしまって」
 いらいらいらいら。
「おしゃべりするような時間があるなら、もっとレッスンした方がいいと思うんですけど」
(一理ある)
 そう思った。
 何しろその一言だけで、彼女がどういう人間なのかあらまし把握できてしまった。あとは履歴書で充分ことたりる。取り敢えず初日に知るべきことに限っては。
「……良い心がけだ」
 言って、敷浪は席を立つ。まだ座ってから一分未満。
「それじゃあ、早速レッスンといくか。その方がいろいろと都合が良さそうだ。ただし」
「ただし……?」
 タイムラグ無く立ち上がる少女に、薄刃の如き眼光が突き立った。
「厳しいぞ」
「望むところです」
 その時初めて、千早が笑った。
「甘えは何ひとつ、生みはしませんから」
「上等」
 それが。
 如月千早とその担当プロデューサーとの、初ミーティングの全容であった。

「どうやら私、才能のある方に出逢えたようですね。良かった」
「光栄だ」
 そしてこれが、初めての雑談(free talk)。


    ※  ※  ※


 それは、振り下ろされる鉄槌に似ていた。
 荒れ果てた古の城塞に似ていた。
 大地を引き裂くクレヴァスに似ていた。
 荘厳で、
 もの哀しくて、
 近づくことすらはばかれるような、そんな――歌声。
「うーわー」
 敷浪が小さく声を挙げたのは、千早の歌をまるまるワンコーラス聴き終えた後のことだった。
 レッスン場である。ひととおりの準備運動を終えて、まずはどれくらい出来るのか聴かせろと促してみたところ、とんでもないものが返ってきた。
 奇跡。
 そんな言葉が脳裏をよぎる。神より授かりし天上の声。魅る者に畏怖の念を与える不可触不可侵の存在を、ヒトは奇跡と呼ぶ。
(触れんわけにもいかん)
 プロ意識が頭の片隅で叫んだ。さらに言えば、そうしなければそのまま溺れてしまいそうだった。アイドルの卵の歌声に。
 動揺を鎮めるべく、目の前の少女に意識を集中する。
 体格にはさほど恵まれていない。身長はそこそこだが、華奢とすら言って良い細やかな四肢。にも係わらずそこから発される圧倒的な声量とその巨木の如き安定感は、きめ細やかな肌の下に良質の筋肉の存在を物語る。青みがかった長髪がかぶさる造作は強靱な意志の彩りで染め抜かれ、精緻な造りを持つ個々のパーツに鋭さと激しさを孕ませている。もっとも、後者は滅多なことでは表出するまい。
 敢えて言おう。
「凄い……」
 少なくとも国内レベルでは、このまま何処に出しても十分に通用するだろう。それほどの歌唱力。美貌。何よりその、声。
 が――
 青年の表情は、ひどく険しかった。
 問題児、と評した同僚の顔が、再び湧き上がってくる。
 彼の評価には、恐らくこの歌のことも含まれていたのだろう。より正確には、歌から読み取れる千早自身が抱える問題も。
(例えば中世ヨーロッパあたりなら、貴族のお抱え歌手で一生歌って暮らせただろうが)
 瞳を閉じて歌い続ける千早を見詰める敷浪の目には、哀しげな色がたたえられていた。
(現代日本じゃそうもいかないぞ、千早――と?)
 いつの間にやらギャラリーが増えていたことに、敷浪はそのとき初めて気づく。
 プラス三名。栗色の髪をリボンで飾った、千早と同年代と思われる少女と、こちらの女性も年頃は同じか、中性的な造作を持った活発そうなショート・ヘア。
(よう)
 三人目が目線で挨拶してきた。リボンかショートか、どちらかのプロデューサーと思しき青年は敷浪とは旧知。ちなみに、くだんの『同僚』とは彼のことである。
(わかったか)
(ぼんやりとな)
 ――と、そんなアイコンタクトを交わしたところで、千早が最後の一小節を歌い上げた。
 拍手が上がる。感服しきりといったショートと、感極まった様子のリボン。
「千早ちゃ――……!」
「プロデューサー」
 リボンの歓声はガン無視に付された。
「いかがですか」
「天晴れ」
 心よりの回答。
「ありがとうございます。取り敢えず、一歩目は最良と考えて良いでしょうか」
「いや、中の上」
「……?」
「ファンの賞賛には答えろ」
「ファン」
 それでようやく、蒼い髪の歌姫は二人の少女の方に目をやった。
 そこらの電柱でも観察するような、恐ろしく冷たくつまらなげな目。
 あっさりと向き直り、
「二人は違います」
「友だちだろ!?」
 思わず声を挙げたのはショート。
「もー、いっつもこうなんだから」
「まあまあ、真」
「春香……」
 電柱たちの名前判明。
 そのうちの片方に、敷浪の目が丸くなった。
「春香。天海春香さん?」
「は、はいっ!」
 天海春香。
 芸能プロダクション765が満を持して世に送り出したアイドル第一号である。事前に渡された資料によるとデビューからおよそ一ヶ月、実績は――まだまだこれからに期待。
「気づくの遅せぇよ」
 担当プロデューサー生駒のクレーム。
「すまん。目が悪くて」
「……いや、お前に文句言うのも筋違いなんだけど」
「プロデューサーさん、やっぱり……」
「焦るなよ、春香」
 不安げな春香と、やや弱い笑みを浮かべる生駒。あちらはあちらで、考えるところは幾らも有るらしい。
 そして、それはこちらも同じだ。
「――千早」
「はい」
 何とも不満げな声と表情。もう半呼吸遅ければ、自ら割り込んできたに違いない。徹底した“友だち”への無関心。
 それから――
「プロデューサー、レッスン中は気を散らさないでください」
 その無関心の最大の理由たる、レッスンへの激しい執着の念。もっとも、歌に集中しているから二人のことが眼中に無いのか、二人に興味が無いから歌に集中したいのか、今の敷浪にはわからなかった。
「悪いな」
 何に対しての謝意か。
「まあとにかく、現状と問題点は洗い出せたよ。なので、デビュー曲を決めようと思う」
「デビュー曲」
 千早の目が異様な光り方をした。真もちらっと光ったようだが、羨ましそうなところを見ると彼女にその話は来ていないらしい。
 おっと、千早千早。
「アイドル如月千早はここから始まる。この曲を自分のものに出来ないようではそこで全てが終わると思え。逃げ場は無い。それでいいな」
「言ったはずです。甘えは何ひとつ生みはしません」
「そうだったな」
 ひとつ頷き、青年はその曲の名を告げた。

 to be continued.
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by sasop | 2009-06-28 12:24 | 書いてみたシリーズ
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